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2014年4月18日 (金)

「いかり豆」、そして「やっぱり木はいいなぁ」

 今日は4月18日、「よい歯の日」。
4(よ)1(い)8(は)

 今日の朝刊のコラム欄より。
 ケニアの朝、五時三十分。十一歳のジャクソン君と四つ下のサロメちゃんを、父は祈りを捧(ささ)げて送り出す。「無事学校に着きますように。我が子に祝福あれ」
▼兄妹の通学路は道なきサバンナだ。「象を見たら、絶対近づくな。自分に向かって来たら、全力で逃げろ」という父の教えを胸に、慎重に象の群れの動きを見極めながら小走りで学舎に向かう。片道十五キロ、二時間の道程だ
▼名古屋などで上映が始まったフランス映画『世界の果ての通学路』は、アフリカやインドなど四カ国で、何時間もかけて学校に通う子どもたちを克明に追ったドキュメンタリーだ
▼無人の荒野に断崖絶壁の山道…。彼らにとって通学とは、五感を研ぎ澄ませ、人と人の関わりを探りつつ進む冒険だ。学校に行き勉強すれば、未来への道が開ける。そう信じひたすら歩く姿は、学ぶことの楽しさ、素晴らしさを改めて教えてくれる
▼世界中の通学路に立ちはだかる最大の危険は、猛獣ではなく貧困である。日本でも、あしなが育英会が奨学金を使う家庭に聞いたところ、就職希望の高校生の半数以上が家計のため進学を断念していると分かった。もっと学校で学びたいと思いながらも、その道を貧困の壁に阻まれている
▼週末から全国の街角で就学支援のためのあしなが学生募金が始まる。未来へとつながる通学路が、一本でも多く開かれるといい。

http://www.chunichi.co.jp/article/column/syunju/CK2014041802000088.html

 「北国からの贈り物(北海道グルメ)」より、楽天メール。「白桃」の案内♪
http://item.rakuten.co.jp/snowland/406642/?scid=rm_190841

 仕事をちょっと遅く終え、帰宅。
 部活・・・やる気なし男だね・・・だから、更に大変になるんだよ・・・。

「いかり豆」、そして「やっぱり木はいいなぁ」

 帰宅して「いかり豆」で一杯♪
 「いかり豆」って、正式名称は何て言うんでしょう・・・ソラマメ・・・ガンマメ・・・???
 中国 張家口産のそら豆をコーン油でカリッと揚げ、焼塩で薄く味付けしました
販売者 イオン株式会社 J566
千葉県千葉市美浜区中瀬1-5-1
TEL:0120-28-4196

 『啄木鳥通信』2014年春号の特集は、「やっぱり木はいいなぁ」だ。
私たちは、木と暮らしてきました。
 私たち日本人は、太古の昔から木と密接に関わり合いながら暮らしてきました。例えば『古事記』や『日本書紀』には53種もの木の種類が載っています。また古代の遺跡からは、用途に応じてさまざまな木を使い分けていたことがわかっています。建材にはヒノキ、舟にはクスノキ、弓にはイチイガシ、木棺や水樋にはコウヤマキ、お椀にはトチノキやケヤキなど、まさに適材適所、木の性質をよく知っていたことがわかります。
 そして日本人は、自然のいたるところに神がいる八百万の神ということからもわかるように、自然に畏怖の念を抱き、崇拝してきました。鎮守の森や御柱などのように、木も神聖なものと考えてきたのです。9世紀半ばには、神社の木材を確保するためにクリやスギの造林も始まったとされています。
 ヨーロッパでは古くは木の家で、次第に石の家になりましたが、日本では木の家が歴史から消えたことがありません。ヨーロッパでは自然は人間と対立し、征服するものと考えられたのに対して、日本では家は山や森とつながる自然と一体のものと考えられてきたのです。私たちが木に安らぎを覚えるのは、こうした木と日本人の長い付き合いの歴史があるからかもしれません。
「木の先生」にうかがいました。なぜ「木はいいなぁ」なのでしょう?
 私たちが「木はいいなぁ」と感じるのには、きっといろいろな理由があるはず。
 そこで、筑波大学名誉教授・安藤先生に建築史的視点から、森林総合研究所・木口先生には生物学的視点から、それぞれお話をうかがいました。
「木はいいなぁ」は類人猿時代からの記憶
 木に触れるとなぜか落ち着く・・・。その理由を「人類の記憶」だと安藤先生は言います。「人類の祖先、類人猿が、森の中で暮らすのに、もっとも快適な場所は樹上でした。猛獣や細菌などから身を守ってくれる上、果物など、豊かな食べ物があったからです。その記憶が、私たちの中には残っているのです」
 やがて、環境の変化とともに、人類は森を出て、野原や砂漠に進出しました。日々の営みの場として、居心地の良かった森の環境を再現。それが家づくりの始まりです。
 「木の快適性は科学的にも裏付けられています」と木口先生。「木材は、空気中の水分が多いと吸収し、乾いてくると放出する、調湿効果が抜群です。だから木造校舎で過ごす子供たちは、インフルエンザにかかりにくく、欠席率も低いというデータもあります」
 木に温もりを感じるのは、熱伝導率が低いから。「冬に金属製の手すりを触るとヒヤッと冷たいものですが、木製ならその心配はありません。血圧の急激な変化を防ぎますから、病院や学校などに木材を多用する動きがあります。また、木が放出するフィトンチッドの成分のひとつ”テルペン類”には森林浴効果があり、脈拍も落ち着いてくるのです」
木は、命を終えてもずっと変わらない
 1300年前に建てられた木造の法隆寺が現存するように、木は驚くほど丈夫な素材です。コンクリートは、”中性化”という現象が起こり劣化するので、寿命は100年も持ちません。それに対し、木は自ら劣化することがありません。
 「木が強いのは、細胞壁から成るため」と木口先生。伐採し水分がぬけても細胞壁の形が残り構造を支えてくれるというわけ。この壁はセルロースなどさまざまな化学成分で構成されています。「例えるなら、高級なゴムホースみたいなもの。一層ずる違う素材が角度を変えて組まれているので、とても強いのです。論理上では、100m以上の木造高層建築も可能だといわれています」
木の家は平和の象徴
 人が大陸のそこかしこに暮らし始めると、民族間の争いが始まりました。「そこで、求められたのが、『戦いに負けない建築』です」と安藤先生。戦争で家も森も焼かれ、木材が不足したこともあり、身を守るために、土や石、鉄が使われるようになりました。イギリスの古い民話「三匹の子ぶた」は、藁や木の家は、オオカミに吹き飛ばされ、最後にレンガの家で無事を得たというおはなしです。「窓が小さく、鉄格子の入っているレンガの家が『強い家』だったという現実の反映ですね」と安藤先生。
 一方、島国の日本では、第二次世界大戦までは開放的な木の家が中心で、空襲を経験して初めて「戦いに負けない建築」の意識が生まれました。ところが防御に強い閉鎖的な空間は、高温多湿な日本には不向き。今度は、シックハウスやアレルギーなどの問題が次々と起きてきました。
 「木の文化は、世界的にありますが、日本の気候風土は、湿気など、木の長期保存に不向きな面も。そのなかでも古くから、木の性質を熟知しながら暮らしに活かし、木の文化を継承していることは、誇れることですよね」と木口先生。
 「木の家がたくさんある日本は、平和だということです。閉じた環境でなく、開かれている。自然もお隣さんも仲間。仲良くする知恵が生きているんですね」と安藤先生。
 建築の歴史をひも解き、木を生物学的に考察して再確認できたのは、やっぱり日本人は木と共に生きてきたし、これからも生きていくだろうということでした。
安藤 邦廣先生
 筑波大学名誉教授/工学博士 一級建築士・里山建築研究所主宰
木口 実先生
 独立行政法人森林総合研究所 研究コーディネータ/農学博士
私達、『木の仕事人(プロフェショナル)』。身体で、心で、「木はいいなぁ」を実感。
 仕事を通じて、日ごろ木と親しく関わっている”木のプロ”の方々に、木とのつながり、木の魅力、木の力について語っていただきました。
醤油づくりは、木の樽でないとあかん!
 元々塩づくりが盛んだった小豆島は、塩を原料とする醤油の四大産地のひとつ。そんな”醤(ひしお)の郷”で、創業150年、五代目として木樽による醤油づくりにこだわってます。生産性などから今やプラスチックタンクが主流で、木樽での醤油づくりは全国でも1%未満。だけど、木樽には百数十年前からの酵母菌や乳酸菌が棲みついて複雑に絡み合い、木樽ならではのうまみ、コクを醸してくれる。まさに自然の恵み、木のパワーが菌を元気にしてくれて、夏には、菌が発酵するプチプチという音も聞こえますよ。
※香川県小豆島、千葉県野田、千葉県銚子、兵庫県熊野
醤油職人 ヤマロク醤油(株)五代目 山本康夫さん

http://yama-roku.net/
森を元気に、人も元気に!
 唸るチェンソーのエンジン音。飛び散る木っ端、木の香り、地を響かせて木が倒れ、薄暗かった森にさあッーと光が差し込んでくる。-スタッフの平均年齢35歳、高齢化が進む林業の世界で、間伐や植え付けなど、日々森の中で山づくりの仕事に汗をかいています。木は生きている、もちろん。伐った木の断面からとろりとした樹液があふれ出るのを目にするとき、ドキッとするほどそれを実感する。鬱蒼とした森に光と風が通るようになり、木々が元気に生長していく。元気になるのは木だけじゃない。外資系コンサルや工場勤務から飛び込んできたスタッフも、”毎日が森林浴”の生活に、生き生きとした笑顔が輝いています。
林業マン 東京チェンソーズ代表 青木亮輔さん

http://www.tokyo-chainsaws.jp/
木のおもちゃは、子供たちの感性を喜んでくれます。
 「暮らしの真ん中に木を取り入れよう」という思いで、「木育」活動を推進しています。木に囲まれ木の遊具がいっぱいの「東京おもちゃ美術館」の運営や、木製の遊び場を全国に巡回させる「木育キャラバン」を展開しています。ぬくもりのある触感やトントンと心地よい音、木目など、木のおもちゃは五感を通じて、子供たちの感性を豊かにしてくれます。筑波大学と共同調査を行ったところ、木に触れることで、子供の主体性や共感性、運動能力、感情コントロールなどが育まれるという効果があることがうわかりました。森林大国日本、もっともっと木の恩恵を受けられる社会にしていきたいですね。
木のおもちゃ美術館館長 東京おもちゃ美術館 館長 多田千尋さん

http://www.goodtoy.org/ttm/
木の「人間性復元力」が、心を整えてくれます。
 根気、根性、精根・・・人の気持ちの要を表す言葉には、共通して「根」という文字が使われています。木も同じ、木の健康の要は、元気に根を張れること。そのために、水はけを良くするなど、土壌環境を整えます。そうすると木は元気を取り戻し、枝葉にも力が満ちてきます。実は木も人を元気にしてくれます。ある日、引きこもりで親とも話せない若者が「木が相手なら」と訪ねてきました。水遣りなど木の世話をするうちに、笑顔が浮かび、同僚とカラオケで歌い、結婚して代議士秘書に。木と接することで、心が整えられていく。木には「人間性復元力」があるのです。
樹木医(女性第1号)塚本こなみ
木との対話から不思議な力が生まれるのです。
 ヴァイオリンづくりとは「木と対話」すること。森に入り、幹を斧の裏で叩いて耳を傾ける。そうやって、美しい音色を出す木を選びます。カンナをかける際、木は森での暮らしを語りかけてきます。風の音、雨の恵み、小鳥のさえずり・・・その声を聞くことで、木の持ち味を生かした楽器を作ることができるのです。東日本大震災の津波の流木を使って「津波ヴァイオリン」を作り、演奏会を開いています。木に刻まれた記憶に思いを馳せながら形にしていく。「瓦礫」とされていた木が楽器として生まれ変わり、人々に感銘を与える-木の不思議な力を実感します。
ヴァイオリン・ドクター (株)日本ヴァイオリン 代表 中澤宗幸

http://www.nipponviolin.com/
まな板の音が教えてくれること
 トントンと台所に響くまな板の音は、日本人にとって、どこか懐かしく、心がふっと和みます。まな板の「まな」とは「真菜」または「真魚」(川魚)を指します。今では「菜」といえば野菜のことですが、古くはおかず全般を「菜」と呼んでいました。やがて”真のおかず”、つまり魚や鳥獣などの栄養価の高い動物性食品を意味するようになり、その「真菜」を切るから「まな板」と命名されたと言われています。
 本格的なまな板は、1枚作るのに7~10年かかると言われます。丸太を製材し、倉庫で2年、屋根裏に保管し反りやねじれを出すのに3~5年、それからやっと仕上げに入るのだとか。
 切れ味を重視する刃物に対し、絶妙なサポートをするのがまな板。いいまな板は包丁との相性で決まります。固く摩耗に強いケヤキは、出刃で魚をおろすときに。適度な弾力性で、刃当たりも刃離れもよいイチョウは、繊細な作業に。ヒノキは乾燥に強く水切れに優れ、清潔感を保つことができます。木が豊富な国だからこそまな板の種類もさまざま。トントンと響く台所の音は、どうやら山の音でもあったよう。最近ではプラスチック製のまな板も多く出回っていますが、音、手触り、刃当たりと、無垢の木の味わいを楽しみながら、まな板を使いこなしてみたいものです。
木の上から何が見える?
 かつては、当たり前のように誰もが楽しんだ木登り。最近では、身近に登れる木がどんどん少なくなり、また「危ないから」と禁止されることが多くなりました。
 ドイツには、「子供は、木登りをする権利がある」という法律があるそうです。木登りは子供のさまざまな発達をうながします。子供たちは、まず登る前に頭でその順序を考えます。右手であの枝を持って、左足をあの枝にのせて・・・といった具合。そんなシュミレーションが、脳のシナプスを増やすと言われています。
 木登りで一番大切なのは、実は登ることではなく降りること。ただ足場を先に探すだけでは、うまく降りることができなくなってしまいます。ひとつひとつの動作が”繋がる”ことを確認しがなら、足と手の位置を決めていく。つまり、次の一手を想像することが、木登りに欠かせない要素であり、面白さでもあるのです。
 さらに大人になって、久しぶりに木登りをしてみたら・・・。ほとんどの人が驚くのが、自分の体の重さなのだそうです。枝に手をかけ、エイッと飛び乗る・・・つもりだったのに、体が重たくて上がらない。手と足で自分の体重を持ち上げるのが木登り。つまり木を知ると同時に自分の体を知る遊びでもあるのです。
 木登りは、「高いところに登りたい」「天に近づきたい」という人間本来が持っている本能を満足させる行為でもあります。「落ちたら危ない」と心配する声も聞かれますが、「どうしたら落ちないか」と危険を回避する五感を培うことに、意味があるのではないでしょうか?
 1本の木が教えてくれることは意外に多いのです。

本日のカウント
本日の歩数:7,280歩
(本日のしっかり歩数:0歩)
本日:54.8kg
本日の割箸使用量:0本
本日の餃子消費量:0個
(金)○

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