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2012年12月18日 (火)

「時が深まる」

 午後の仕事、最終日。
 事情も知らずに文句を言ってくる人って嫌だね↓

 仕事を終え、帰宅途中、スーパーに寄る。「焼きのり」10枚入り98円、「もやし」10円、「カルビ丼の具」288円、「サンマ」68円、「つぶ塩」歯みがき粉288円を買い帰宅。

 『啄木鳥通信』2012-2013 冬 vol.8の特集は、「時が深まる」だ。その引用♪
時は過ぎるものではなく、感じるもの。
 アイシュタインは、ある日、とんでもない実験を試みます。自らが考えだした相対性理論を多くの人にわかりやすく伝えるために、熱せられたワッフル焼き器に座ってみせたのです。その時の感覚を例えて「かわいい女性といる時間は1時間が1分に思える。しかし、熱いストーブの上に1分座らされたら何時間にも思える」と彼は言いました。確かに、時間は誰にでも平等に刻み続けます。けれども、もしも時計というものに頼らなければ、人は時間の移り変わりを感覚で計るしかありません。それは時計によって告げられる時間ではなく、好きなことをしていると短く感じられ、嫌なことをしていると 長く感じられるという、身体を通して感じ取る時間です。自らの感覚によって時間の感じ方が変わってくる・・・ならば、できるだけ楽しく、今を大切にしていきたいものです。
わからないから、想像が広がる。
 時間とは何だろう。物理学が発達した現代でも、明確な答えは見つかっていません。何がなんだかわからないからこそ、人々はひきつけられ、様々な小説や映画の題材として登場してきました。たとえば古典小説の『タイム・マシン』。理論物理学上では可能と言われているけれども、いまも実現しない夢の機械の話は、時代が変わっても、その人気は変わりません。児童文学の名作『モモ』では、”時間貯蔵銀行”と称する灰色の男たちによって時間が盗まれ、町中みんなの心から余裕が消えてしまいます。それを不思議な力を持つ少女モモが、冒険を重ねながら時間を取り戻していくお話です。世界各国で翻訳され、多くの子供たちに親しまれ続けてきました。時間という身近で普遍な話は、いつの時代も人間の想像力を刺激します。だからこそ人間は時間の不思議に夢中になるのです。
ときめきが楽しい時間を長くする。
 人は、楽しい時間ほど早く過ぎると感じます。でも、もしできるものなら、楽しい時間をもっと長く感じ続けていたいと思いませんか。若い時はまだ経験が少ないため、なんでもない日々が新鮮な響きと新しい刺激に満ちています。ひとつひとつに触れるたびに、ドキドキとワクワクが重なり合い、楽しい時間が連鎖して長く感じるのです。一方、人は歳とともに数多くの経験を積み重ねていきます。「やったことがある」とか「知っている」という経験値を知恵と知識として身に付けながら生きています。それは新たな驚きや刺激を減らしていくことにもつながります。ということは・・・年齢を問わず新たな取り組みにチャレンジし続けることが、楽しい時間を増やしたり、長くしたりする唯一の方法なのかもしれません。最近、ドキドキワクワクつくっていますか?
5億年の進化の旅を経験する。
 人間は誰もが母の胎内で5億年分の進化の旅を経験してることをご存じでしょうか。羊水の成分が海水に近いという話は有名ですが、そこに芽生えた小さな生命は、地球上に魚類が誕生した5億年前の面影を残し、その後、次第に手足に水かきができ、両生類を思わせる姿へと変貌します。さらに水かきが消え爬虫類に近づき、それから哺乳類へと進化を遂げていきます。こうした過程で脳がどんどんと大きくなり、人間の姿へと変わっていくのです。母の胎内で魚類から始まり、哺乳類へと到達する時間は、30日から40日程度と言われています。地球上で何億年という歳月を駆けた生物の進化の歴史が、わずかな時間の中に凝縮されているのです。そこには想像を超えた神秘の世界が広がっているようです。
時間がおいしさを変えていく。
 おいしさと言えば、普通は鮮度が一番大切です。でも、長い時間をかけて、急がないことでおいしさが増す身近な食べ物があります。発酵食品です。カビや細菌などの微生物や酸素を使って発酵・熟成させることで、食材に新たな風味や旨味が加わります。保存に適しているものもひとつの特長です。発酵食品の歴史は古く、ワインやパンなど、数千年も前から食卓に並んでいるものもあります。また日本の石川県では普通は猛毒のため捨てる部位のふぐの卵巣までも、時間と手間をかけることで地域の名産品にしています。昔ながらの製法で長時間かけて解毒し、糠漬けにするのですが、そのメカニズムは現代の化学でも正確に解明できていないとのこと・・・。おいしさを求める人の思いは、時間までをおいしさ作りの素材に変えてしまったようです。
柱時計をもう一度
 ポッポーという鳴き声と共に時を告げる鳩時計。チクタクボーンボーンと鳴る振り子時計。昔はどこの家庭にもあった柱時計が、いつの間にか姿を消してしまいました。鳩時計は、ドイツ南西部にあるシュヴァルツヴァルト地方で生まれたもの。一方振り子時計は、ガリレオが発見した「振り子の等時性」を利用したものです。
 ある日ガリレオは、天井から吊るされたランプを見てひらめきます。「ランプが大きく揺れても、小さく揺れても、行って戻ってくるまでの時間は変わらない!」この原理を利用して、振り子時計を考案しました。振り子が動き続けるのは、一定速度で回転する雁木車に、振り子に連動した爪が衝突し、爪を押し戻すことで振り子にエネルギーを与えるから。つまり、往復運動と回転運動というふたつの機能が巧みに組み合わされ、時を刻み続けます。
 近年では、クオーツ時計や電波時計など、これ以上進歩しようがないほどに時計の精度は高まりました。それに伴い、家の中から時計の音は消えました。
 でも・・・。あの柱時計をもう一度暮らしに生かしてみませんか?コチコチと刻まれる音に耳を澄ませれば、”ゆっくりいこうか”とおおらかな気持ちになってきます。柱時計は、私たちの生活のリズムをゆっくりと刻み直す道具でもあるようです。
※雁木車
 雁木とは、空を飛ぶ雁の列のようなギザギザの形や模様のこと。機械時計の部品でキザギザの歯が並んだ歯車を雁木車という。
江戸の暮らしと時間
 「寛永6年8月10日、明け六ツ半前。夜明けからまだ半時しか過ぎていないのに、朝の光はすでに夏の凄みをはらんでいた」(山本一力著『いかずち切り』)
 時代小説を読んだ時、独特の時刻の呼び名を目にして、「一体これは何時だろう?」と首をかしげたことはありませんか?江戸時代の時刻制度は、日の出の約30分前を「明け六ツ」、日没およそ30分後を「暮れ六ツ」とし、その間昼夜それぞれ六等分して一刻としました。つまり、現代では、時間の長さはいつも一定ですが、江戸時代には、昼と夜で、あるいは季節によって違ったのです。
「時が深まる」

 時刻の呼び名には十二支と数が使われました。「明け六つ卯の刻」に町木戸が開き、「九つ子の刻」に木戸番の夜警が始まる、と言った具合。昼の12時は、午の時間帯の真ん中に当たり、現在の「正午」の由来となっています。「九ツ、八ツ・・・」という数え方は、現代人には不思議な並びですが、これは、易の考え方に由来し、耳覚えがよかったよう。0時を九ツとし、2時を八ツ、4時を七ツと減り、四ツまでくると、また九ツに戻るという数え方です。「おやつ」は、「昼八ツ」(現在の午後2~3時頃)の名残です。
 当時、まだ人々は時計を持っていなかったので、寺で打つ鐘の数や、太陽の位置などで時刻を知りました。携帯用の紙製日時計もあったようです。1時間は何分か、それを決め、縛られることよりも、朝陽が昇り夕方暮れる・・・。そんな自然の摂理にのっとった江戸時間の方が、人々の生活に寄り添い、理にかなっていたかもしれません。

本日のカウント
本日の歩数:9,428
(本日のしっかり歩数:0歩)
本日の割箸使用量:0本
本日の餃子消費量:0個
(火)○

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