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2011年2月 7日 (月)

「勝手巻体験会」、<味ある記>初夏と冬 “ダブル旬”で勝負 キンメダイ

 今日の帰宅時、信号で走行車線の車は流れているが、追い越し車線の車は止まったままだった・・・と思ったら、追い越し車線から走行車線に割り込む車あり・・・その信号を左折して行った・・・それなら初めから走行車線に入ってよ!!!
 「遠州トラック」が追い越し車線をブロック。この会社のトラックは、たいてい追い越し車線をゆっくり走っているんだよね・・・。
 そのトラックを走行車線から追い抜く・・・道が空いた・・・と思ったら、やはり、追い越し車線にまたまたトラックが・・・その速度で走られると、信号との相性が悪く、信号に引っかかっちゃうんだよね・・・と、ことごとく信号に引っかかった。
 そのトラックも抜き、道を進めると、さらにまたトラックが・・・。追い越し車線で上り坂を行く・・・当然スピードが出ない・・・走行車線の車の方が速く進むんだな・・・と思ったら、坂をほぼ上りきったくらいで、走行車線に入ってきた・・・それなら初めから走行車線を走ればよかったのに・・・と思っていたら、そのトラック、信号を左折して行った・・・それならなおさら、走行車線を走ってよ!!!!
 後ろの車のことを考えた走行をしてよ!

 しまった!昨日は「勝手巻体験会」に、行こうと思っていたが・・・行かなかった・・・。
 森田屋彦之丞は信州出身の海苔商人で、海苔職人の大森三次郎(おおもりのさんじろう)とともに、舞阪へ江戸の海苔養殖法を伝え、「浜名湖のり」の基盤を創った人物です。舞阪の海苔業者は森田屋彦之丞の遺徳を偲び、明治20年(1887年)頃彦之丞が葬られた諏訪の善光寺から分骨を行い、指月院に供養碑を建立しました。指月院の廃寺に伴い、宝珠院に移し替え、大正14 年(1925 年)に現在の慰霊碑が建てられました。昭和10年(1935年)には彦之丞の木像を祀り、「森田屋海苔祖神」の御札を配布し、供養祭を行なうようになりました。現在では全国海苔貝類漁業協同組合連合会が定めた海苔の日(2月6日)に毎年、海苔供養祭が行なわれています。
 舞阪の地で海苔養殖が1820 年から始まり、2010年が190周年という節目の年にあたり、6月には足立文昭 浜名漁業協同組合舞阪海苔組合長の発案により、舞阪海苔組合の世話人と浜名漁業協同組合の職員が森田屋彦之丞の墓参りを兼ねて諏訪の善光寺を訪ね、その子孫である藤森氏を訪れました。藤森家では現在は海苔の商いをしていませんが、現役時代は愛知県の海苔メーカーの要職についていたとのことです。その後、浜名漁業協同組合からの招きに応じていただき、藤森一族にも海苔供養祭に参加していただくことになりました。森田屋彦之丞の子孫とともに供養祭が開催されるのは史上初めてのことです。
 こうした「浜名湖のり」を仲立ちにした歴史的な人的交流が図られるのも、舞阪の地で海苔養殖が操業されて以来、漁業関係者による弛まぬ営みの賜物です。「浜名湖のり」を取り巻く歴史について益井豊氏をはじめとする舞阪郷土史研究会は、『浜名湖海苔の歴史』を編纂し、ついに発刊することになりました。残念ながら座長となって精力的に執筆していた益井氏は2010年8月永眠することになりましたが、研究会メンバーがその遺志を引き継ぎ、この度完成させたものです。益井氏は元浜名漁業協同組合の組合長でもありました。
 こうして今までほとんど知ることのなかった漁業関係者の営みは、人と人との関係が希薄になりつつある現代だからこそ、大切な何かを教えてくれているように思われてなりません。「浜名湖のり」が生み出す力、それは食べて味わうだけではなく、その背景を知るならば、ふるさとに誇りを持てるのではないでしょうか。そして、現存する日本最古の海苔養殖場である「浜名湖をもっと大切にしたい」という思いが、育ち継承されるのではないでしょうか。
 今回、そんな想いを込めて、浜名湖のりブランド推進協議会は浜名漁業協同組合、舞阪郷土史研究会と連携し、企画を立てました。

http://hamanako-nori.jp/taikenkai/index.html

 ここで、2011年1月8日の朝刊より、「<味ある記>初夏と冬 “ダブル旬”で勝負 キンメダイ(静岡県下田市)」。
 伊豆半島南部、静岡県下田市の下田港の市場には、休みの火曜日を除き、ほぼ毎朝、キンメダイが並ぶ。多いときは、赤いじゅうたんのように市場を埋め尽くす。
 下田港はキンメダイの水揚げ量日本一。漁業情報サービスセンターによると、二〇〇九年の下田港の水揚げは二千八百二十一トン。二位の銚子港(千葉県銚子市)の六百六十九トンの四倍以上にもなる。
 圧倒的な水揚げ量の割に、ブランドイメージで稲取港(静岡県東伊豆町)、銚子港などに後れを取る「下田のキンメダイ」を売り出す動きが、昨年から活発になっている。
 下田市観光協会などは、昨年五~六月に「下田きんめ祭り」を開催。毎週日曜日にキンメのにぎりずしを観光客に振る舞う。下田産のキンメの料理を出す市内の飲食店を記した案内地図も作り、市内の宿泊施設に置くなどした。
 一般に冬が旬と思われているキンメダイを五~六月に売り出したのには訳がある。
 「産卵前の六月ごろが一番脂の乗る時季だから」。PR事業の提唱者で、市内で飲食店「料磨(りょうま)」を営む土屋修さん(40)は説明する。年中キンメダイをさばいているから分かる魚の変化。観光協会が県水産試験場に確認したところ、土屋さんの言う通り。初夏にもおいしい食材として売り出すことが決まった。
 料磨でキンメダイの料理をいただいた。下田のキンメの漁場は、日帰り漁のできる下田近海から八丈島近海までと広いが、料磨は、下田周辺で捕れる地キンメで、一キロ以上の魚だけを仕入れている。「このサイズは脂乗りがよく、うまい。他の産地に負けない」と土屋さん。
 定番の煮付け(二千円)。濃いめのたれは、しょうゆと砂糖だけの味付け。魚から濃厚なうま味が溶け出し、たれに深いこくを与えている。
 地元ならではの鮮度を味わうなら、大トロのような食感の刺し身(二千円)がお薦め。午後八時以降限定メニューの空揚げ茶漬け(九百円)は、薄く切った身に小麦粉をまぶして揚げ、具にした創作料理。さくさくした食感とキンメ独特のこく、お茶漬けのさっぱり感が一緒になって楽しい。
 市内を歩くと、ひき肉の代わりにキンメダイのほぐし身を入れた「金目コロッケ」を売る加工品店や、キンメのフライと二種類のチーズを挟み、照り焼きソースとマヨネーズで味付けしたハンバーガーを出すカフェ、小さめに切ったキンメの身をくし刺しにし、塩で味付けした「きんめのくし焼き」、しゃぶしゃぶなどを出す居酒屋もあり、食材としてのキンメの奥の深さを感じさせる。
 「キンメは和食にも洋食にも合い、おいしい時季も長い。日本一の産地で、ぜひ味わって」と市観光協会副会長の沢地大吉さん(61)は呼び掛ける。 (佐橋大)
 キンメダイは水深500メートル前後にすむ深海魚。多くの針を付けた糸で釣り上げる。今年のきんめ祭りは6月に開催。昨年同様、日曜日に、にぎりずし1人1貫を振る舞う予定。問い合わせは下田市観光協会=電0558(22)1531。
http://www.chunichi.co.jp/article/living/life/CK2011010802000087.html
http://r.tabelog.com/shizuoka/A2205/A220503/22003204/

本日のカウント
本日の歩数:7,600歩
(本日のしっかり歩数:0歩)
本日の割箸使用量:0膳
本日の餃子消費量:0個

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