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2010年10月 5日 (火)

クジラを食べちゃいけないの?

 「よなよなの里」より、楽天メール。「東京ブラック」のオークション。
http://item.rakuten.co.jp/yonayona/c/0000000101

 「クラブツーリズム」より、WEBのツアー案内。
http://www.club-t.com/index.htm
http://www.club-t.com/bus/shizuoka/index.htm?waad=zCtZ15Wm

★★★=======================★

 朝刊に「いただきます 食とCOP10」という特集が載っている。
 2010年9月28日の朝刊は「クジラを食べちゃいけないの? 縄文から伝承 海の恵み」というタイトルだ。
 短冊状に薄く切られた赤身。ショウガじょうゆにつけ、数回かむと、舌の上でほろりととろけた。マグロと牛肉の中間といった味わいか。イルカの肉は意外にうまかった。
 和歌山県新宮市の居酒屋。赤身のほか、竜田揚げや煮物、骨はぎ(中落ちのボイル)、ゆでもの(内臓の煮物)・・・イルカ肉を用いたお品書きがずらり。「私らの年代で、肉と言えばイルカ」。店主の磯兼洋(62)が言う。
 肉は、南西20キロほど離れた同県太地町から仕入れる。イルカの追い込み漁を隠し撮りし、アカデミー賞を受賞した米映画「ザ・コーヴ」で、町は国内外で有名に。イルカの血で海が真っ赤に染まるシーンが、漁への批判をあおる。
 イルカ・クジラ漁が解禁された今月の下旬。クジラの競りが太地町の漁協近くで行われた。かごに盛られた肉や内臓の塊を、仲買人たちが競り落としていく。真っ黒に日焼けした漁師、脊古博文(60)の小柄な姿もそこにあった。
 高校を卒業してすぐ、父や祖父、曾祖父と同じ漁師になった。平野部が少ない地形で、町は農地が少ない。だから地元の男たちは海の恵みにすがる。
 「人気のマゴウドウが揚がれば、飛ぶように売れる」。脊古のクジラの稼ぎで、老いた両親や妻を養い、三人の子を育ててきた。同じ道を歩む長男(25)のためにも奮発した新しい船の借金が、まだ一千万円残る。
 捕鯨の歴史は古い。長崎や石川県の縄文時代の遺跡からクジラの骨や漁具が見つかっている。肉だけではく骨は砕いて肥料に、脂肪は燃料に、ひげ板は工芸品の材料に・・・。「捨てるところはない」と言われるほど、太地、そして日本人はクジラの恩恵を受けてきた。
 「寒誉妙白」「花誉道白」「魚誉念西」「春誉妙白」・・・。江戸時代に記されたクジラの戒名が向岸寺(山口県長門市)に残っている。共通する「誉」の一文字。同市くじら資料館長の早川義勝(69)は「『誉』は修行で功徳を積んだ人にしか与えられない。いただく命に、人々がどれだけ感謝の念を込めたかが分かる」と力説する。
 漁解禁後の太地町には、「コーヴ」に触発された海外の活動家が、監視するかのように常駐し、静かな町にピリピリした空気が漂う。地球生きもの会議(COP10)の期間中、反捕鯨活動も予想される。
 漁で、クジラやイルカにとどめを刺す瞬間。わずかなためらいも漁師にはないのか。「そりゃあ生き物だから・・・。だけど、情けをかけていては仕事にならない。それが、生きるってことだ」。脊古はそう言い切った。
 町では毎春、クジラの供養祭が営まれる。漁師に限らず、人々は深い思いを込め、両手を合わせる。

クジラと食文化
 成長したら4メートルを超える鯨類をクジラ、以下をイルカと一般に呼ぶ。国際捕鯨委員会(IWC)は1982年、絶滅が危惧されるクジラ13種の商業捕鯨を一時停止にした。ただ、調査目的で捕獲したクジラの肉は流通している。学校給食にも鯨肉復活の兆しがある。昨年度、一度でも鯨肉を出した全国の公立の小中学校は、全体の2割弱。和歌山県は「食文化を伝えたい」としている。COP10は、地域の伝統的な食文化の保全もテーマになっている。

本日のカウント
本日の歩数:7,540歩
(本日のしっかり歩数:0歩)
本日の割箸使用量:0膳
本日の餃子消費量:0個

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