秘境駅に魅せられて
2009年4月23日の朝刊に、「秘境駅」について書いてあった。
「何もない」なぜかブーム
到着する列車は1日数本、周囲は人家の影すらない山奥。こんな「秘境駅」がいま、静かなブームを呼んでいる。観光名所どころか、売店も飲食店も、つまり何もない。「そんな所を何を好き好んで訪ねるの?」なんて詰問されそうだが、ところがどうして、訪問者はなぜか増えているのだという。どこか“怪しげ”なブームの背景を探ってみた。
「何もない」なぜかブーム
中国山地に抱かれた広島県北部の霧の街、三次(みよし)市。その山中に島根県江津市と結ぶローカル線・JR三江線の長谷(ながたに)駅があった。無人駅の眼下には中国地方最大の河川、江の川が静かに流れる。ウグイスの鳴き声が秘境にあることを教えてくれた。
「静かないい場所でしょ」
「秘境駅」の名付け親で三次市の会社員、牛山隆信さん(42)はこう話すと大きく深呼吸した。
木造小屋の待合室は1969年の開業当初からあるようだ。牛山さんがドアの引き手に力を込めると、「ガラッ」という音とともに懐かしい湿った木の香りが漂った。
牛山さんは東京都の出身。8年前、仕事で広島に移り住み、この駅の乗降客に来訪記を書いてもらうノートを置くなど自称”管理人”になった。1ヵ月以上、書き込みがない時期もあったが、この秘境駅ブームで卒業式が終わった3月中旬以降は、ほぼ連日のように書き込みがあった。
「初めて来ました。いい駅ですね」「座布団とほうきを置いて帰ります。使ってくださいね」-。書き込み通り、木のベンチにはふかふかの座布団が置いてあった。
牛山さんは「多くの人がこの駅を好きになってくれるんですが・・・」とつぶやきつつ、こう苦笑した。「ノートを置いてから何十回も来たけど、人を見ないんですよ」
この駅に来るのは至難の業だ。広島駅から芸備線快速で1時間20分の三次駅。ここで三好線に乗り換えて三駅(約15分)なのだが、停車するのは1日3本。逆の三次行きは2本。午前7時20分の始発と午前9時4分の最終だけだ。以降の普通列車3本は通過してしまう。というのも、通勤・通学客もなく1日当たりの平均乗降客は1人以下のため。「普通列車=各駅停車」ではないのだ。
まだ午前中なのに3次行きの最終列車がきた。ドアが開いた瞬間、牛山さんは驚いた。男性が降りてきたのだ。「ここで初めて人を見た」
やって来たのは東京都杉並区の会社員(25)。中国地方の秘境駅を旅行中だという。駅ノートをめくりつつ、「都会育ちの私に田舎はないけど、田舎を体験できる。不思議で懐かしい気分ですね」とつぶやいた。
牛山さんは小学生で時刻表ファンになり、三江線に乗った経験もある。ただ、その後は熱心な鉄道ファンではなく、学生時代やサラリーマン時代はバイクに興じた。
「秘境駅」にひかれ始めたのは97年。バイクで岩手県の林道を駆け巡り、一休みしようとJR山田線・浅岸(あさぎし)駅(盛岡市)に入った。山間の秘境。駅といえば集落の中にあるという”常識”が崩されるとともに「心が洗われた」という。
それから深い山中や広大な原野、断崖絶壁の孤島のようば場所にポツンとある駅を回った。駅への雪深い山道を歩いていたらクマに襲われそうになったこともあった。明かりが消えた駅で満天の星を眺めたことも。
そんな体験を基に、99年ホームページを開設。その後も著書や写真集を出し、ブームの火付け役になった。今年1月には秘境駅専門の携帯電話サイトもできた。ほとんどの秘境駅は寂しい無人駅。牛山さんはのそ魅力をこう語る。
「開国後の日本をつくったのは鉄道。先人が培った土木技術で線路は山を貫き、繁栄を広めた。秘境駅はその遺産。『なぜここに駅があるのか』と想像し、たくましく残った駅舎を見ていると元気になれるんです」
五感使って楽しんで
牛山さんは周囲の環境や民家の少なさといった秘境度、駅舎などの雰囲気、列車と車による到達難易度の合計点で二百位までの順位をつけている。前出の長谷駅でも現在73位。”強者(つわもの)”はまだまだたくさんある。
現在3位の”猛者”が大井川鐵道・尾盛(おもり)駅(川根本町)。JR東海道線との乗換駅である金谷駅から2時間半以上も北上する山奥にある。牛山さんはかつて、ここを訪ねた際、近づく野犬の遠ぼえに棒を握ったことをよく覚えている。
駅への車道はおろか歩道もない。大井川鐵道の担当者も「本当に何もない駅ですけど・・・」と苦笑する。ただ、近年、この駅に異変が起きた。
98年度の乗降客はわずか86人だったが、2007年度には254人、昨年度は522人(今年2月末時点)と人気が上がってきたのだ。担当者も「わが社がイベントをしたわけでもない。秘境駅ブームの恩恵としか考えられない」と目を丸くする。
ところで、こんな秘境駅がなぜ残るのか。あるJR関係者は「秘境駅の維持にコストはほとんどかからない。一方、廃止するとなると、ホームの撤去や周辺駅の路線表示板の作り直しなどでコストがかかる」と話す。
鉄道を通じた日本近代史に詳しい明治学院大の原武史教授(日本政治思想史)はブームについて「乗降客のわずかの駅を残すことは利益追求の資本主義の考えから逸脱しているとも言える。訪れる人はそういう稀有な存在にひかれるのかもしれない」としつつ、訪問者たちにこうくぎも刺す。
「秘境駅にはそれぞれの固有の歴史や周辺に住んでいた人たちの営みがある。それに対する感受性や想像力を持たずに、何もないことを確認するためだけに訪れるのは駅に対して失礼だろう」
牛山さんはあらためて秘境駅めぐりの魅力を「実際に足を運ぶと、列車などの振動や土地固有の香りがある。秘境駅は人間に触覚や嗅覚があることをあらためて教えてくれるんです」と説く。
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本日のカウント
本日の歩数:8,954歩
(本日のしっかり歩数0歩)
本日の割箸使用量:0膳
本日の餃子消費量:0個
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